第376号  (2006年08月21日 国会議員号)

増田俊男事務局 http://chokugen.com
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北方領土問題総括

8月16日、歯舞諸島の貝殻島付近の海域で根室湾中部漁業協同組合所属のカニ籠船がロシア警備艇から銃撃を受け、漁船は拿捕、一人が死亡する事件が起きた。ロシア側からの銃撃で死者が出たのは旧ソ連時代の1956年10月以来50年ぶりである。1956年10月は鳩山一郎内閣とブルガーニンソ連議長率いるソ連との間で「日ソ共同宣言」が締結された時であった。今回の事件を機に、なかなか解決できない北方領土問題を時系列で総括することにした。


北方領土にかかわる出来事

1855年 日露通商修好条約で北方4島領土の日本帰属確認
1904-05年 日露戦争の結果、北緯50度以南の樺太が日本領になる
1917年 ロシア革命
1941年 日ソ中立条約締結
1945年2月 ヤルタ会談
1945年7月 ポツダム宣言
1945年8月 ソ連対日参戦、南樺太と千島列島を占拠
1951年9月 サンフランシスコ講和会議
1956年10月 日ソ共同宣言
1991年12月 ソ連崩壊、ロシア連邦発足
1993年10月 細川―エリツィン大統領による「東京宣言」
1997年11月 橋本―エリツィン大統領のクラスノヤルスク会談
1998年4月 橋本―エリツィン大統領による川奈提案
2001年3月 森首相―プーチン大統領によるイルクーツク会談
2003年1月 小泉―プーチン大統領日露行動計画調印


今日現在の両国の主張

日本側: 「東京宣言(1993年10月)の合意により、平和条約締結より領土問題解決を優先する。「日ソ共同宣言」は冷戦時代の「ゆがみ」の結果だから重視できないし、平和条約締結による2島だけで領土問題の解決にするわけにはいかない。
ロシア側: 「日ソ共同宣言」は両国が批准した拘束力を持つ条約。従って平和条約締結を優先し、条約締結と同時に歯舞と色丹2島を返還し、他の2島はその後の協議議事項とすればいい。

日本側は、ソ連も参加した「カイロ宣言」で確認された、「日本も暴力によって奪った領土以外は保障される」を根拠に、「北方領土は1855年の日露通好条約で確定したものであって、暴力で奪ったものではない」。ソ連こそ「日ソ中立条約」(1941年)を一方的に破って「暴力で」4島を不法占拠したと非難している。ロシア側は、北方領土は「ヤルタ会談」で対日参戦の「報酬」として米、英に認められたもの。「ロシアは戦勝国。いまさら日本はなぜ第二次大戦の結果を見直すような真似をするのか」と反論。日本が主張する「東京宣言」(1993年)は単に交渉の方向性の合意であって、両国が批准した条約でもなく、双方に拘束力もなく、いずれかの国の都合によっていつでも変更することもできれば、取りやめることもできる性格のものである。両国で批准された「日ソ共同宣言」が優先され、双方に拘束力を持つと主張。今のところ両国の歩み寄りはなく、平行状態が続いている。


日本の主張は通らない

「日ソ共同宣言」(1956年)は「カイロ宣言」(1943年)、「ヤルタ会談」(1945年)とこれに基づく「ポツダム宣言」(1945年)の後に締結され、両国で批准されているので、「日ソ共同宣言」(1956年)の取り決め、特に後述する「賠償・請求権の放棄」や「平和条約・領土」の内容を過去の取り決め(カイロ宣言等)で縛ることはできない〔法の原則〕。

従って日本が主張する「日露通好条約」(1855年)に関連した「カイロ宣言」の適用と主張は崩れる。日本の「東京宣言」(1993年)の主張もロシアの言うとおり、条約でもなく、批准もない単なる「時の合意」だから、例え「日ソ共同宣言」より後に合意されていても、これを支配することはできない。また「国境線の策定」(橋本首相)で結果的に北方領土を日本の領有に繋げようとする日本側の試みは「邪道」。領土問題は正面から解決の糸口を見出すべき。日本の主張は多分に法の原則に反する瑕疵行為が多く、国際法上からまったく説得力を欠く。

さらに日本は「政治的間違い」を犯している。それは政治交渉の原則である「日ロ両国のStatus(立場)」に関して。いかなる国際的問題であれ二国間交渉の際、自国が相手国に対して「対等な立場」でなくては正常な交渉はできないのが外交基本である。ロシアが指摘するように、今日の日ロ関係は、「ロシアは戦勝国であって日本は敗戦国」である。日本が平和条約を締結しない限り、戦勝国ロシア、敗戦国日本の関係は変わらない。領土問題を優先し、平和条約を後回しにする日本の基本政策は完全に間違っている。「2島か4島か」の枝葉重視で森(日本の立場)を無視している。「敗者の立場」に固執する交渉に成果はない!

平和条約締結で日ロが対等の立場になることが先決。今日まで領土問題に何一つ進展がないのは当然の結果である。平和条約締結で2島は即時返還、そして残り2島の返還交渉をロシアと対等の立場で行えば、「何で敗戦国に譲歩しなくてはならないのだ」などと言うロシアの世論の根拠もなくなる。両国が対等な立場で双方の国益の下に交渉を行えば、経済力に勝る日本が取引上有利な立場になることは自明である。日本がこんな政治力学の基本をあえて犯すのは「隠された理由がある」からである。歴代の政府がなぜ官庁のビルに「北方領土が返る日、平和の日」(領土が先、平和条約は後)の看板を出し続け、国民に「4島返還が先」を宣伝しているのか。それには確かな理由がある。


その理由は「日ソ共同宣言」にある!

日ソ共同宣言(日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言)は、1956年10月19日モスクワで署名、同年12月5日国会承認、7日内閣批准、8日批准書認証、12日批准文書交換と同時に発効〔実効〕。モスクワへの日本代表:内閣総理大臣鳩山一郎、農林大臣河野一郎、衆議院議員松本俊一。ソ連側:ソヴィエト連邦大臣会議議長ブルガーニン、最高会議幹部会員フルシチョフ、連邦大臣会議議長第一代理ミコヤン、第一外務次官グロムイコ、外務次官フェドレンコ。

合意事項:1.戦争状態の終結 2.外交及び領事関係の回復 3.国連憲章の原則・自衛権・不干渉」(後述)4.日本の国連加盟 5.未帰還日本人に対する措置 6.賠償・請求権の放棄(後述)7.通商関係の交渉 8.漁業協力 9.平和条約・領土(後述)10.批准

上記の合意事項で重要な事項を取り上げる。その第一は、6.「賠償・請求権」。

ソ連は(正式名称略)は日本国に対し一切の賠償請求権を放棄する。日本及びソ連は、1945年8月9日(ソ連の対日参戦の日)以来の戦争の結果として生じたそれぞれの国、その団体および国民のそれぞれ他方の国、その団体及び国民に対するすべての請求権を、相互に、放棄する。

――この取り決めで日本は、「ソ連が日ソ中立条約を破って占拠した北方4島に対する日本の請求権を放棄した」のである。

その第二は、3.「国連憲章の原則・自衛権・不干渉」。

(a)国際紛争の平和手段解決の原則、(b)それぞれの国の領土保全又は政治的独立に対する武力による威嚇又は武力行使の禁止。重要なのは:「日本とソ連は、それぞれ他方の国は国連憲章第51条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有することを確認する」。

――ここで「日本はソ連との間に集団的自衛権を固有の権利として有することを確認している」。「日ソ間で集団的自衛権を固有の権利として共有する」ことは、「集団的自衛権は行使できない」今日の法解釈ばかりか、日米安保下での同盟国アメリカとの集団自衛権行使もままならない現状に著しく反する。

その第三は、9.「平和条約・領土」。

日本国及びソ連は両国間に正常な外交関係が回復された後、平和条約の締結に関する交渉を継続することに同意する。ソ連は「日本の要望にこたえかつ日本の利益を考慮して」、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただしこれらの諸島は、日本国とソ連との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡される(領土より平和条約が先を規定)。

―――ここでソ連が「日本の要望と日本の利益」について言及しているのは、戦勝国が敗戦国に譲歩するという概念に基づいている。また2島に言及しているのは、6.で日本が北方領土請求権を放棄しているのに、「原則を曲げて2島を与える」という概念。「ソ連は敢えて日本の願いを認め2島返還を国家の義務としたのに日本は今になってそれを拒否するのか」(戦前に話を戻すのかの議論が生まれる)、がロシアの言い分。

どちらの言い分が正常か、誰にでも自明のこと。日本政府は、鳩山一郎(鳩山由紀夫の祖父)と河野一郎の過去の尻拭いを続行しているのである。鳩山内閣が決定し、批准し、以後その遵守が日本国の義務となった日ソ共同宣言の取り決めを国民に明確にできず、無謀にも無視する努力を重ねている理由がお分かりになったと思う。



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発信者 : 増田俊男
(時事評論家、国際金融スペシャリスト)