第386号  (2006年10月30日 国会議員号)

増田俊男事務局 http://chokugen.com
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今だから云おう

昨年2005年9月19日、6カ国協議において北朝鮮は、「現存するすべての核兵器と核開発を停止する」との合意書に署名した。これに応えてアメリカも「わが国と北朝鮮両国は相互にその主権を尊重し、平和裏に共存し、今後両国の国交正常化に努める」と記された合意書に著名した。合意が発表された翌日、私は翌月に予定されていた取材のアポイントメントのため、ブッシュ政権にアドバイスをしている、あるワシントンのシンクタンクのCEO X氏に電話をした。話題は当然前記の合意。「ミスター・マスダはどう思うかね?」と聞かれたので、「この合意にはウラあるよ」と私は答えた。すると氏も「私もそう思う」と言い、“We will see”(今に分かるさ)ということになった。

アメリカが北朝鮮の主権尊重に合意したことは、事実上金正日体制維持を保障したことになる。そんなことはあり得ない。北朝鮮が常にアメリカとの2カ国協議を求め続けてきたのは、北朝鮮にとってアメリカが唯一の軍事脅威国であり、そのアメリカから核廃絶と交換に体制保障を勝ち取ることが目的。北朝鮮は、アメリカが北朝鮮の安全を保障するなら、それと引き換えに完全な形での核廃絶に応じ、核廃絶のプロセスは国連の監視下で厳正に行われることを声明している。それが05年9月19日、アメリカはいとも簡単に北朝鮮の要求に応じたのである。本来のアメリカの北朝鮮に対する政治戦略は、北朝鮮を、やがて(アメリカの工作で)武力衝突する中国と台湾の戦略的暖衝地帯にすることである。さらに経済戦略としてはウラニウム鉱山等エネルギー資源と鉱物資源の確保である。いずれのためにも金正日体制を崩壊させ、北朝鮮を自由化しなくてはならない。

一方、北朝鮮の現体制と事実上同盟関係にある中国は、来るべき中台軍事抗争時に北朝鮮を中国側の前線にする必要があり、また北朝鮮の資源を支配するためにも金正日体制を維持する必要がある。従ってアメリカが現体制維持に合意したということは、中国のためにはなってもアメリカの利益どころか本来の北朝鮮戦略の放棄にもなりかねない。さらに北朝鮮の核を廃絶することは、現在進行中の米軍再編成等アメリカの極東軍事態勢強化に反する。北朝鮮の脅威が消滅したら韓国の米軍基地は不要になりかねないし、日米安保の必要性が薄れるばかりか、鋭意前倒しで進めようとしている日米共同ミサイル防衛計画が頓挫する可能性さえ出てくるからである。


アメリカの対北朝鮮主権尊重合意の「罠」

金正日体制維持を嫌い、北朝鮮の核温存を(本音で)望むアメリカは、北朝鮮との直接交渉を避けてきた。米朝2カ国間交渉で、もし北朝鮮が安全保障と引き換えにアメリカに核廃絶の白紙委任をしたら、アメリカは拒否できなくなるからである。米軍再編成も日米軍事同盟の強化も、その対象は中国である。しかし最近の中国は「ならず者国」を卒業し、大国入りを意識して、北朝鮮のように軍事脅威を露わにしない。台湾に対しても、かつてのような軍事プレゼンスをしない。中国は日米の対中軍事包囲網戦略に軍拡以外につけ込む隙を見せない。従って核や大量破壊兵器廃絶で北朝鮮の軍事脅威が消滅すると、アメリカの対中極東軍事戦略推進の根拠が薄れてしまう。だから私は05年9月19日のアメリカの合意を知った時「あり得ない」と思ったのである。「ウラがある」のは言うまでもないこと。アメリカは北朝鮮が主張し続ける2カ国協議をやがて避けられなくなるため、これを回避するための「罠を仕掛けた」のである。

9月19日の合意から4日経った9月23日、アメリカはいきなり北朝鮮に対する金融制裁を発動した。偽札、マネーローンダリング(金銭浄化)、偽タバコ等が理由だった。実はアメリカはタバコ会社の協力で数年前から行っていた偽タバコ捜査の過程で、新たに偽米ドル札製造ルートをつかんだ。しかし犯罪の場所は北朝鮮だが、犯人は複数の国籍の個人であって北朝鮮が国家として犯罪に関わっている証拠はない。つまりアメリカは容疑者に北朝鮮人(個人)がいたこと、犯罪の場所が北朝鮮であったことだけで北朝鮮(国家)に金融制裁を掛けたのである。

ならば中国には日本やアメリカの偽ブランド製品を製造する中国人犯罪人が万といるのに、なぜアメリカも日本も中国に経済制裁をしないのかということになる。つまり9月19日にアメリカが北朝鮮の主権尊重に合意したのは、その時すでに(4日後に)「不当な北朝鮮金融制裁」を決めていたからである。米朝相互主権尊重合意に署名した4日後に、言いがかりも甚だしい金融制裁で金正日体制維持(主権)を脅かしたのはアメリカである。主権尊重合意後、いきなり不当な金融制裁で体制維持を脅かされた北朝鮮が、どうして核廃絶合意を履行できようか。アメリカは北朝鮮に失望と怒りを煽り、北朝鮮の軍事示威の誘発を計画したのである。

北朝鮮を軍事暴発に追い込むには、制裁はどうしても不当、不正でなくてはならなかった。事実、アメリカの「想定通り」北朝鮮は本年2006年7月ミサイル発射、10月核実験と怒りを暴発させたではないか。まさにアメリカの「思う壷」であった。「北朝鮮は2005年9月の合意を反故にした」と本気で怒り、制裁だ、制裁だと有頂天になる日本。アメリカに(アメリカが仕組んだ)北朝鮮の暴挙の責任を追求される中国。「太陽政策の危機」に追いやられ、独自に(アメリカ抜きで)進めていた南北統一にクサビを打たれた韓国。北朝鮮に核技術を売って得ていた漁夫の利にストップを掛けられたロシア。アメリカに嵌められたおかげですっかり世界中で有名になったが、一見完全に追い詰められたかに見える北朝鮮……。


罠を仕掛けることで、アメリカは体制維持と
核廃絶交換要求の米朝2カ国協議から免れたが……。

アメリカの「2005年9月、6カ国協議の米中相互主権尊重の合意で金正日体制維持を保障したのに、その後北朝鮮はミサイル発射と核実験で合意を反故にし、わが国と同盟国(日本)の主権を危機に陥れたではないか」という勝手な言い分で、北朝鮮はアメリカに核廃絶と体制保障の交換交渉を追及するチャンスを失った。中国もアメリカのプレッシャーで安保理決議(特定経済制裁)を履行し、さらに対北朝鮮金融制裁を強化しているが、実はこれにも「ウラがある」。

中国は北朝鮮に制裁を強化して北朝鮮の更なる「暴発」(核弾頭保有の疑いを持たせる)を誘発して、北朝鮮には新たに「米朝核保有国同士の共存」を追求するチャンスを与え、一方度重なる北朝鮮の暴走を理由に中朝国境地帯の緊張を激化させ、北朝鮮に対中軍事行動を挑発する(中国軍部と北朝鮮軍部の出来レース)。中国軍はそれに乗じて北朝鮮を軍事支配してアメリカの野心をシャットアウトする姿勢を暗にアメリカに示す。

ライス訪中の狙いは、アメリカに同調して対北朝鮮制裁強化に踏み切った裏に、中国軍部の野心があることを知った上での牽制。米中双方の戦略上、さらなる北朝鮮の「暴発」が期待されている。北朝鮮の次なる暴発でアメリカは又もや北朝鮮からの「米朝核保有国同士の共存」の圧力に悩まされることになる。中国も北朝鮮も改革派と軍部で二分されている。アメリカもまた、ペンタゴン対国務省・CIAで割れている。北朝鮮問題はこうした関係国の権力闘争の中から読まねばならない。これで読者は頭がすっきりしたと思う。さらに知りたい方は添付でご案内する拙著『空前の内需拡大バブルが始まる』をお読みください。



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発信者 : 増田俊男
(時事評論家、国際金融スペシャリスト)