第405 国会議員号  (2007年3月12日号)

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アジアの新秩序

 最近「インド」の文字が日米のメディアによく見られるようになった。06年9月、米印海軍がインド洋で大規模な軍事訓練を行ったニュースや、米印間で核技術協力の合意が成立、米議会が同合意を承認したことなど、日米で大きく報道された。インドは核不拡散条約の非加盟国だから、核(濃縮ウラン)開発は即軍事転用となる可能性が高いのに、なぜアメリカはインドに核技術を提供するのかなどが議論された。一方、日本とインドの間でも昨年から防衛関係に活発な動きがあった。昨年5月、日印防衛首脳会談で艦艇の相互訪問が行われ、また自衛隊の陸海空の幕僚長がインドを訪問、インド軍高官との相互交流を深めることの重要性を確認した。さらに昨年12月、インドのマンモハン・シン首相が来日して「戦略的グローバル・パートナーシップ」なる共同声明を発表。日印の政治関係強化の方向を明確にした。本年2月20日から22日までチェイニー米副大統領が訪日、安倍首相との会談で日米豪印の4カ国が今後防衛交流を発展させることで合意した。また、オーストラリアのハワード首相が昨日(3月11日)来日、「日豪安全保障共同宣言」を発表することになっている(豪首相が来日前に発表)。


  1月末のハドソン研究所Herbert London氏と私の対談で、ロンドン氏は「2007年のアジアの新秩序」を口にしていた。氏は、アメリカは最近の中国の軍事力突出で、アジアにおける軍事バランスの均衡が崩れつつあることを懸念していると言う。アメリカは日米豪印の安全保障体制を構築することで、中国封じ込め戦略を展開しようとしている。北朝鮮のミサイル発射(06年7月)と核実験(06年10月)の結果、日米ミサイル防衛や日本の米軍再編成支援は前倒しが促されたが、今回のチェイニー副大統領やハワード豪首相と安倍首相の会談で、日米豪印防衛網構築の促進が確認されることになった。


 こうした動向を受けて、日本はいよいよ米軍再編成に向けて具体的(軍事訓練)に動き出すことになった。4月上旬、日米印が日本近海の太平洋上で共同軍事訓練をすることが決まった。軍事情報相互交換と実戦に支障を来たさぬよう、双務関係(役割分担)醸成を狙ったものである。こうした日米豪印の一連の動きは、中国軍事力台頭に対する牽制と、アジアの軍事力バランス不均衡是正のためであり、より積極的には対中露軍事包囲網構築への始動である。中国の国防費は1989年から19年間連続で二桁の伸びをしている。3月5日に開幕した第10期全国人民代表大会(全人代)で、円換算で5兆3千3百億円の防衛費が承認された。米国防省は、中国の実際の国防費は公表される予算の2〜3倍と見るべきとしている。公表の数字でも今年から中国の軍事費は日本の防衛費を抜くことになる。日中防衛費が逆転したことで「中国脅威論」はますます高まることになる。


 今後のアジアの秩序は、中露対日米豪印の力のバランスになる。ロンドン氏の言う「アジアの新秩序」である。「自由と繁栄の弧」(北東アジアから、中央アジア・コーカサス、トルコ、さらに中・東欧にバルト諸国まで連なる帯状の地域との連携)を日本の外交指針として打ち出した安倍内閣は、日米豪印の対中露防衛網(弧)をソフト面で支えようとする。安倍首相が唱える「モノを言う国日本」が単なる言葉から行動に移ろうとしているのである。


「どうせ日本の協力なしには……」が危ない!

 6カ国協議合意に従って、米朝、日朝の作業部会(30日以内)がそれぞれ開かれた。米朝の場合は、北朝鮮が求めるテロ支援国指定取り消しと金融制裁緩和の方向に向かって一歩を踏み出した。米朝とは対照的に、日朝作業部会は「想定内のこと」とは言え、事実上物別れに終わった。逆に言えば、北朝鮮は6カ国協議の合意に従って「作業部会を行った」実績だけを残したのである。


 私の「時事直言」第404号(2月19日号)で「6カ国協議合意の正論」と題して、おおむね下記の趣旨のことを述べた。日本が「拉致問題に進展がなければ一切経済協力には応じられない」と主張し、この日本の主張に北朝鮮を除く「5カ国が理解を示した」ことの「政治的真意」は単純ではないと解説した。北朝鮮は作業部会をことなく済ませ、いわゆる「初期段階」である寧辺の核施設の(一時)停止までは合意通りに履行し、その結果として石油5万トンを手にするところまではスムーズ。


  ところが、日朝作業部会で北朝鮮は絶対に拉致問題を進展させないから、日本は北朝鮮が「初期段階」を履行してもエネルギー協力を拒否せざるを得ない。北朝鮮の「初期段階」履行までは、韓国が6カ国協議合意の枠外で経済援助をすることは当初から各国暗黙の了解事項。日本を除く各国としては、北朝鮮が初期段階を履行すれば石油5万トンの援助を拒否できない。


  そこで次の合意事項である「他の核施設のリストアップと無力化」に移ることになるが、北朝鮮は(北朝鮮が初期段階を履行したにも拘らず)「日本が合意に違反して協力しなかった」ことと、合意成立直後、まるであてつけのごとく沖縄に米軍の(北朝鮮の核施設をピンポイント攻撃できる)ステルス10機を配備したことを理由に、次段階履行をきっぱりと拒否する(ここまでは日本を除く各国の想定内――これでなぜ5カ国が日本の拉致一点張りに理解を示したか分かったはず)。


 6カ国協議がせっかく北朝鮮の核廃絶に向かって一歩を踏み出したのに「日本が潰した」という非難が日本に集中。初期段階が終わったところで責めを負うのは北朝鮮ではなく日本になる……というシナリオを述べた。6カ国協議参加国で北朝鮮に対する最も大きな援助国になるのは元より日本。その日本が拉致を理由に援助ができないなら、各国としては日本の「拉致問題進展なしに援助なし」に理解を示し、結果的に日本に「責め」(圧力)が掛かるようし仕掛けるしか仕方がないではないか。


 「北朝鮮経済支援といっても、どうせ各国とも日本に頼っているのだから、日本は強気で押し通せばいい」というのは、あくまで日本国内の常識。国際政治はそんな単純なものではない。アメリカをネオコンが主導していた時の北朝鮮戦略は「単純」だったが、国務省とCIA主導になると「複雑」(狡猾?)になることを忘れてはならない。本年1月16日、山崎拓氏が北朝鮮に行って帰ってきた時、「何しに行ったのだ」(テレビ)、「何を得たのか」(新聞)、「迷惑至極」(政府)……といった論評に、山崎氏は「3カ月もすると分かりますよ」(テレビで)とコメントしていた。アメリカルートで北朝鮮に行った山崎氏、これで安倍首相をテストしたアメリカ。3カ月目の4月16日ごろ、果たして日本はどんな目に遭うのだろうか。




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発信者 : 増田俊男
(時事評論家、国際金融スペシャリスト)